瞳孔

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『お前を描くよ』 だがそのモデルはあっさりと私の前を通り過ぎ、いつもの棚に逃げ込んだ。 まぁいいか、と私は再びスケッチブックに眼を落とす。 普段見ているので、描くぶんには描けるから問題ないのだ。 私は画材が小さい頃から好きだった。 優しい風合いの色鉛筆 幼さの残る絵の具 作品を魅せる油絵の具 今日は何故か、優しい気持ちだった。 『ああ、やっぱダメ。モデルがいないとダメだわ』 私は膝立ちでチャドルの元まで移動する。 寝ていたチャドルが少し瞼を開け、『迷惑だ』と告げた。 私はそれを無視し、意気揚々とスケッチブックに写実する。 黒の毛並みは、光に当たると青くなり、それから虹色になる。 私は色鉛筆を何本も取り替えながら、ただほとばしる創作意欲を燃やした。 柔らかい毛が、色鉛筆でよく表現されている。 自画自賛すら創作意欲の一つである。 白のキャンパスが、黒の毛に覆われていく。 『ちょ…眼、あけてよ』 眠るチャドルを鉛筆の尻で押す。 チャドルはまた迷惑だという表情をし、牙を剥いてあくびをした。 どうやら目を開けてくれるらしい。 『モデル料にニボシやるからね』 私は嬉しくなって、その黄色の眼を見つめた。 黄だけれど、それよりくすんでいる。 黄金と言うより黄土色であるが、そこまで行くとこの強い眼差しが無くなってしまう。 私はこの瞳の色を調べるためにチャドルとにらみ合いをした。 仕舞いには疎まれ横を向かれたが、まだモデルをつとめてくれるようだ。 つるりと丸くて、ビー玉みたいに大きな瞳。 実は見えている瞳の部分は、眼球の5分の1程度らしい。 チャドルの眼の大きさに羨ましくなり、気づくと私は彼の顎を取り、その眼球を舐めていた。 チャドルが表現出来ないような鳴き声をあげると私の腕から飛び退き、私を警戒したように睨むと、部屋から飛び出していった。 その姿を見送った私は、ため息をついて壁にもたれた。 スケッチブックの端には、逃げ込むドアに挟まれた黒猫の絵を描いた。 と、そのドアが開いた。 『おはよ。そんなカッコで何してんの』 私は質問には答えず、黒のキャンパスを見つめた。 『それより、お金、ちゃんと今月分出しといてよね』 男は苦笑すると、素足で絵の具を避けながら私の横へ座った。
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