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『あ、チャドル描いてたんだ』
『そ』
私は簡単に返事を返すと、まだ動く右手を動かせ続けた。
創作意欲はまだ治まらない。
『ね、今月分に五万足しとくからさ、今からもっかいやんない?』
男が私の剥き出しの太股を撫でる。
私は答えない。
『君も仕事はかどるって事だし、いいじゃん。ね、何も惜しいものなんかないよ』
男の手が私の腹部に回り、軽く体を寄せられる。
『なぁ、ねー。奈々ちゃん』
『どうしても?』
私が鉛筆を置いて彼の目を見ると、彼は嬉しそうに目を輝かせた。
『どうしてもってなら…』
私は彼の頬を両掌で包むと、視線を絡ませた。
軽く鼻先を触れ合わせて揺れる睫にキスをして、少し笑った。
『私のモデルになって』
私は男の眼球に噛みついた。
ゴリッと骨に歯が当たる音がして、それから口の中に暖かい血が流れ込んだ。
柔らかい眼球を潰すのが勿体無くて、私は舌先で丁寧に血を舐めた。
『ピンポーン』
玄関が鳴った。
私は慌てて玄関に走る。
防犯レンズから見ると郵便屋さんだったようだが、この格好だから出る気は毛頭無かった。
やれやれと手櫛で髪を整えながら何か忘れていたような気分で部屋に戻ると、顔面を血で濡らした男が私を待っていた。
『奈…々…これッ…でッ…』
男の手には、赤にまみれた白い眼球があった。
無理矢理取り出したのか、その形は球ではなかった。
ああ、そうだ。
私は忘れていたことを思い出した。
私はただ、絵を描きたかったんだ。
終。
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