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しばらくすると、大きな湖が見えてきた。
黒々とした湖はおだやで、生き物の気配が感じられない。
一枚の巨大な鏡面となり、夜空の月光を反射させる湖面には、もう一つの赤い月がひっそりと輝いている。
私は吸いこまれるように湖へと近寄っていった。
岸辺のそばにきて、ふと足元近くの湖の中に人がいるのに気がついた。
まだ二十代半ばほどの若い女だ。湖底から、こちらの方を見ている。ざんばらに伸びた黒髪が彼女の青白い裸体にからみつき、豊満で淫靡な曲線を浮かびあがらせている。
女は恐ろしげな顔をしていた。
鬼女の顔だ。
表情は、名工に刻まれた般若の面がそうであるように、鳴咽しているとも、憎悪しているとも、また哄笑しているとも見てとれた。ただ、女の表情の中で一つだけ変わらない顔があった。
死相。
どうやら、女は既に死んでいるようだった。
こちらに向けられた双眸はどんよりと濁り、目蓋は張りついているかのように動かない。引き結ばれた青黒い唇、今にも抜け落ちそうな黒髪、所々腐り始めている手足。
今にも腐臭が漂ってきそうな様子だ。
そういえば、子供の頃に水死体を見たことがある。
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