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あれは確か近所に住んでいたおじいさんだった。一人暮しの老人で、彼は日課にしているいつもの散歩に出かけたきり、自宅には戻ってこなかった。
親族からの捜索願いが出されてから二日後、老人は海岸の防波堤近くにあるテトラポットの隙間で遺体となって発見された。
死体の第一発見者は私と友人だった。
その日は、梅雨も終わりをつげた七月頃だったろうか。陽光は夏の到来をつげ、アスファルトは陽炎に揺れていた。
小学校からの帰り道、私と友人の二人は寄り道して通学路近くの防波堤で遊んでた。
数十分経ったころ、友人の京子ちゃんが私に向かって質問をした。
「ねぇ、理恵ちゃん。あれなんだろ?」
私は彼女の指差す方向を目でおってみた。見ると、何やら衣服をつけた人形らしきものが、テトラポットの隙間から突き出ている。
「うーん、なんだろ。よくわかんないな」
私たちは近くのテトラポットに飛び降りると、人形と思える物の場所まで慎重に歩いていった。すると、次第に耐え難い異臭が漂ってきた。それでも私たちは怯むでもなく、テトラポットの縁につくと、落ちないように気をつけながらそっと首をつき出した。
むっとするような臭気が鼻をつく。
老人は私たちの眼下二メートルほどの所にいた。老人を目の前にしたとき、隣にいた彼女が、突然凄じい勢いで嘔吐した。全身を震せ、うずくまりながら吐いている。
私は彼女を介抱するのも忘れ、じっと老人の姿に見入っていた。生前の二倍にも膨れあがった老人の上半身は、ちゃぷちゃぷと波にゆれ、寄せる波の音に合わせてリズムをとっているように思えた。あの顔、黒い眼窩と変色し肌、体中を這いまわる虫たち。いつまでも頭から離れない光景だ。
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