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そうやってしばらくの間、私はとりとめもなくあの夏の日の出来事を思い出していた。
ぼうっと湖面を眺めているうちに、なぜかしら湖の中にいる女の様子が奇妙に思えてきた。
あの水死体の老人と比べ、何か絶対的なずれのようなものがある。
それで近寄ってみようと足を一歩踏み出したところ、たちどころにこの疑問が氷解した。
おかしいと思ったのも道理、湖に写っていた女の像は自分の姿だったのだ。
恐慌が私をおそった。これは夢だと理解しているにも関わらず、耐え難い恐怖に理性が吹き飛ぶ。
すでに死体になっているせいだろうか、叫び声をあげようとしても表情は寸分も変わらず、ただ、手足が滑稽な調子でガクガクと震えた。ふと、老人の腐肉が自分と重なっているような錯覚にとらわれた。記憶の中、老人の顔が明滅する。
唐突に、自分が呼吸をしていないのに気がついた。
震える手を口に持っていく。確かに息をしていない。
続いて、脈をとろうと左手首を右手で探ってみたが、どこにも心臓の鼓動を示すものは見つからなかった。
私は、声にならない絶叫をあげた。
数分後、なんとか気持ちが落ちついてきた。私は意を決すると、再び恐る恐る湖を覗き見た。
だが、そこに映しだされたものは、ふだん見慣れた私自身の姿ではなく、先に見たのと同じく醜い鬼の顔をした死人の姿だった。
何故こんなあさましい姿になってしまったのだろうと泣いてしまいたかったが、鬼の仮面からは一滴の涙も流れず、私はよろめきながら立ち上がると、湖の縁に沿って歩き始めた。
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