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暗い病室の中で目が覚た。
吐き気がする。
どうしようもなく気分が悪い。
ベッドの横にある時計をみてみると、午前二時を過ぎている。体中ひどい寝汗で濡れていた。
いやな夢をみたものだと思いながら、汗をぬぐおうと体を起こす。そばにあるタオルをとりながら、私は涙を流している自分に気がついた。タオルをゆっくりと顔に当て、まだ残っている恐怖の残滓を振り払うように、ごしごしと顔を拭く。
手を動かしながら、私は今日の昼頃、分娩室を出た後に病院の先生に言われた言葉を思い出していた。
彼は淡々とした口調で残念ですがと言った後、母体の安全を最優先に考え流産したことを告げた。
やはりそうだったのかと思い、私は彼が喋るのを受け流しながら、海外出張している夫のことは考えずに、もう長いこと吸うのを絶っている煙草の事を思いだしていた。
流産…か。
しばらく動かずにじっとしていたが、私はゆっくりと顔をあげるとタオルを床に投げつけた。タオルが音もなく床にへばりつく。
あと数日たったら、義理の両親や出張中の夫との、あのぎくしゃくとした生活が再び始まるかと思うと気分が暗くなってきた。
私は備え付けの引きだしから煙草とライターを取り出した。産み終わったら吸ってやろうと用意しておいた煙草だ。
個室の気安さで、右手にある窓を開けると細長い煙草をくわえ、ライターで火をつけた。久しぶりに吸うので、肺には入れずに口の中でふかすだけだ。
私は、できるだけゆっくりと煙を外に吹きだした。
懐かしい紫煙の香りがたちこめる。
煙草の炎が薄闇の中でぼんやりと光り、煙の線が細長い軌跡を描いて指先から流れ出す。
指先の煙草をながめながら、私は夢の中で出てきた少女の言葉を思い出していた。
お母さん…。確かに少女はそう言っていた。
煙草の灰が落ちる。
ふと、私は何か気配のようなものを感じ、窓の方へと振り向いた。
窓からのぞく赤い月が、静かに私を見ていた。
Fin
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