……それは突然に……

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(ダメだよ、まだ来ちゃダメだよ) 何を言っているんだ そう思った瞬間に男の脳裏にふと一人の女性の姿が浮かんだ。 白いワンピースを纏い桜の樹の下に佇んでいる それは記憶の片隅に閉じ込めた悲しくも愛しい物……。 (朋、華……) その言葉を呟いた瞬間 男の頭の中に一陣の風が駆け抜けたかのように感じた男。 そして漆黒の闇の中に小さな輝きが煌めいた瞬間、彼女は姿を現した。 「と、も……か……」 彼女が姿を現すと辛うじてだが男の口が動くようになった そして輝きの中に現れた彼女の名を呼ぶとスッと口が軽くなった。 「久しぶりだね和樹君」 「朋華っ朋華ぁぁっ!!」 彼女にそう呼ばれ男はやっと自分を取り戻した そしてそれと同時に彼の歩みは止まった だが、気を緩めればすぐにでも歩き出しそうな事には変わりなかったが男、いや和樹は最悪の人の名を声の限りに叫んだ。 何度 彼女に逢いたいと願ったかーー 何度 彼女を想い夜空に描いたかーー そして 何度彼女を想い一人涙を流したかーー 「朋華、俺……俺……ずっと、ずっと忘れなかった、ずっとずっとっ」 「知ってる、だって私はずっと側に居たから」 涙を流しながら朋華に想いを伝える和樹そんな和樹の事を朋華は笑顔で暖かく包むように語りかけてきた。 「彩乃と悠二も立派に育ててくれた事、まだ美和ちゃん達と繋がっている事、お母さん達と向き合ってくれた事、それと……」 瞳を閉じて総てを見てきたと言わんばかりに語りかけていく朋華 そして閉じていた瞳を再び開き和樹を見据え嬉しそうに微笑んだ。 「まだ、私の事を忘れないでいてくれた事……」 その言葉が和樹の心を撃ち抜いた そして塞きを切ったように両方の瞳から大粒の涙が溢れ和樹の視界を滲ませた。
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