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「くあぁ……」
体を大きく反らし、盛大に欠伸をする。
「……暇すぎる」
街外れの、小さな喫茶店。
俺は店内のカウンターに肘をつき、これまた盛大な溜息を漏らした。
昼時は客が溢れかえる店内も、ランチタイムも過ぎた今、それは見る影もない。
目に映るのは、すぐ真ん前で食器を拭いているマスターと、店内の掃除に勤しむ、同じシフトのウェイトレスの二人。
「修介……客がいないからと言って、あんまりだらけるものじゃないよ」
穏やかな口調で注意するのは、優しげな印象を与える口髭を蓄えた、白髪混じりの男性――この喫茶のマスターだ。
自分の仕事を終えたのか、食器を拭く手を止め、カウンターの向こうから俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
「いやー……普段、お客さんが入ってる時間帯に仕事がないのって、何か調子が狂ってしまうと言いますか……ねえ?」
俺は彼の行為に抗いもせず――気持ちよさそうに目を細め――相も変わらずだらけた格好で、同意を求めるように答える。
マスターの手は、結構好きだ。
「悪いがマスター、私も同感だ。
休めるのは嬉しいが、さすがに一時間以上も客が入らないのは……な」
同じく仕事を終えたのだろう、もう一人の店員――俺も彼女もバイトなのだが――が、隣の椅子に腰掛ける。
「修介の台詞に乗じる形になるが……
ホント、調子が狂ってしまうな」
彼女は苦笑しつつ、その細く可憐な指で、俺の頬をなぞる。何ゆえ。
「ふふ……解らないか?
人気のない店内で、私たちのような若い男女がすることと言ったら――あいたっ」
芝居じみた彼女の言葉は、マスターの軽いチョップで断ち切られた。
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