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「無念!無念、無念じゃあァアアア!」
ついに将机をガンと蹴り飛ばし、腰の鞘から名刀“宗三左文字”を引き抜いた。
そして近くの旗本を呼び寄せた。
「わしはここで腹を切る。介錯致せぃ!」
「な、何をおっしゃられます!殿はここで死んではなりませぬ!我らが時を稼ぎますゆえ、殿は落ち延びくだされぃ!」
その旗本が必死に懇願するが、家康は宗三左文字を見つめながら、極度の混乱で気が狂ったのか微笑していた。
「たわけ……。昌幸めがそのような隙を作るはずがあるまい。逃げて恥を残すぐらいなら死んだ方がましじゃ。
おぬしらは……、逃げよ。」
「――いえ……。」
家康はふふっと笑った。
「信長殿から受け継いだこの刀で……。まっこと皮肉なものよ。
本能寺の一件の時、死ぬはずだったわしが生き延びたのは信長殿のおかげか……。だが、信長殿……。
わしもそちらへ向かいますゆえ、また『竹千代、竹千代』と一緒に鷹狩りへ参りましょう。川でも遊びましょう。
ふふふ……。」
そんな言葉を述べながら、家康は自らの腹に宗三左文字をこれでもかと目一杯突き刺し、横一閃、それから縦へ切り裂いた。
すーっと駆け巡る三河の城、信長の顔、それから父の顔、母の顔。
それらが走馬燈となって家康の脳裏にしっかり流れた。
「――御免……!」
家康の首に、冷たい刃が通り、カッと熱くなって、また冷たくなった。
――信長…ど…の……。
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