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僕は天才博士であるらしい。
何の博士かは知らない。
僕には助手が一人いるようだ。小柄な女性である。
僕は今、その助手と向かい合わせに座っている。ひじ掛けと、背もたれと、最小限のクッションを備えただけの黒いイス。
場所は小さな研究室のようだ。
それ以上の情報はない。
どうやら、僕はこの助手と会話をしなければならないらしい。
仕方がないので、僕は、僕の今いるこの世界について語り合うことにした。
「こんにちは」
「こんにちは、博士」
機械的に助手が答える。
「はじめまして……かな?」
「いえ、私はもう三年ほど博士のお手伝いをさせていただいております」
なるほど。そういう設定か。
「それなら突然、この世界について語り出しても問題はないね」
「どういう意味ですか?」
「初対面でするような話ではないってことさ」
助手が首を傾げる。このような会話には対応できないのかもしれない。
「さて……では、始めますか。ときに君は、『天才』の意味を知っているかな?」
「はい。優れた才能、またはそれを備えた人物のことです」
助手は、僕の問いに対して、当たり前な答えを返す。
「そうだね。天才と呼ばれる人は、優れていなければならないんだ。けれど、『天才博士』であるはずの僕には、優れた才能なんて一つもない。なぜだと思う?」
「質問の意味がわかりません」
そうか。設定された常識は越えられないのか。
「じゃあ質問を変えよう。例えばそうだな……そう、ある小説の主人公が『天才』という設定だとしよう。そういう考え方は、できる?」
「バカにしないで下さい。それぐらいできます」
助手が頬をふくらます。この世界の常識の中だけで接すれば、案外魅力的な女性なのかもしれない。
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