傀儡のシ小説。

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  「では、そこで改めて質問しよう。ある小説の主人公は『天才』という設定だけど、残念ながら、それを描写する作者は天才ではない。にもかかわらず、主人公は物語の中では天才と呼ばれ、天才のように振る舞い、小説を読む側の人間にも天才的な印象を与えることが可能だ。それは何故かな?」 「そう見えるように、作者が全ての登場人物を操作、管理しているからです」 「はい正解。小説の中での天才は、知っていることしか話さないし、知らないことを他の登場人物たちに質問されることもないからね。あとは威張らせておけば天才の出来上がりだ」  助手が頷く。 「じゃあ次の質問。『知っていること』とは一体、誰が知っていることを指すのかな?」 「無論、作者です」 「では、主人公の天才が、作者以上の知識を披露することは?」 「ありません」 「その通り。登場人物が作者を超えることはあり得ない。だから、小説の世界の住人たちは、その世界以上のことを知ることはできないわけだね。知ろうとも思わない」 「それが……何か重要なのでしょうか?」  助手が不安そうな顔で僕を見る。これは、警告かな? 「ああ、重要かもしれないし、そうじゃないかもしれない。まあ、雑談のようなものだと思って聞いていてくれ」  返事はない。僕は構わずに続ける。 「『小説』という世界に閉じ込められた登場人物たちには、『意思』はあると言えるのかな?」 「……言えません」  助手は少し間をおいてから答えた。 「なぜ?」 「全ての行動や思考は、作者の支配下にあるからです。登場人物たちは、自発的に何かをするということはできません。そこに、意思があるとは言えません」 「けれど、登場人物たちにとっては、作者の支配下にある思考や行動が全てとも言える。そこに、自発性は関係ない」 「ですが……それはやはり意思とは呼べません」 「そうか。では君は、自発的に何かをしようとしたことがあるかな?」  急に、助手が押し黙る。何かを深く考えているようだ。過去の行動を思い出そうとしているのだろうか? それが自発的な行動なのかは、傍目からはわからない。  
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