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「私は……常に自発的に行動をしていると思います」
助手が自信なさげに答える。
「そうか。じゃあ君は、宇宙人の家を建てたことはある?」
「……は?」
ポカンと口を開ける助手。無防備なその顔を見て、僕は思わず笑ってしまう。
「いやね、つまりはそういうことなんだよ。今、僕に言われるまで、君の思考の中には『宇宙人の家』なんていう単語は存在しなかっただろう?」
「はい」
「それはつまり、君の思考が限定されていたということだよ。小説の登場人物と同じにね。自発的に行動をしているつもりでも、案外その行動の選択肢なんてのは、限られているものだよ」
助手は、腑に落ちないといった顔をする。行動を限定されていなければ、ここで爆笑をするという選択肢もあるはずなのに。
「まず君は『人』だ。そこで行動が制限される。そして『女性』であるという条件が、『助手』という役割が、君の行動を次々に制限して、結局君は、『君』という与えられた記号を演じるしかなくなる。小説の主人公と、何か違いはあるかな?」
助手は何も言わない。けれど、もう気づいてはいるのだろう。
「……ち、違います」
沈黙の後に助手が呟く。今度は僕が何も言わない。それが自発的なものなのかはわからない。
「私には意思があります。物語の登場人物なんかじゃありません」
興奮しているのか、助手は声を荒らげる。それが、与えられた、限りある選択肢のうちの一つだと知りながら。
「ならば訊ねるが、君の名前はなんだい?」
いたたまれなくなって、僕は助手にとどめを刺した。
「私の……名前?」
助手は目を丸くしている。わかるはずはない。この物語は、唐突に始まったのだから。
「えっと、私は……あれ?」
「大丈夫。君の名前なんて僕も知らない。きっと今、僕たちのことを見ている人も知らないだろう」
僕の言葉を聞いて、助手がビクリと肩を震わせる。監視されているとでも思ったのだろうか。辺りをキョロキョロと見回している。
「多分、君の名前なんてなくても、この物語は成立するのだろうね。短編なのかな?」
助手はまだソワソワしている。僕の話など聞こえていないようだ。
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