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「博士、私たちは誰かに見られているのですか?」
「ああ、多分ね」
「それは、『神』ですか?」
僕は可笑しくなって、小さく吹き出す。
「君は『創造主』のことを言っているのかな? だとしたら、答えは『NO』だ。作者は物語を創造した時点で、それに対する興味を失うものだからね。恐らく、見るとしても添削目的で軽く目を通すぐらいじゃないかな?」
「では、誰が?」
「完成した小説を読むのは読者しかいないだろう? 僕たちのことを見ているとすれば、そういう類いの人間さ」
「本当に……私たちは物語の中の登場人物なのですか?」
「さあ? だとしたら、僕たちはこの世界以上のことを考えられないはずだからね。考えようとしても無駄だよ。僕はただ、知らないことが多すぎるということに気付いただけさ」
いや、気付かされたのか。いずれにせよ、そこまでだ。
「そう、ですか……」
音もなく助手が立ち上がる。これも、物語を終結させるための布石なのだろう。短編ならば、そろそろ頃合いだ。
「博士、私は、私は――」
助手はそこまで言って僕の目の前まで歩み寄ると、糸を切られた人形のようにバランスを崩す。
僕はイスに座ったままで、倒れる助手を受け止める。
「博士……私は、何をしているのですか?」
「ああ、気にすることはないよ。これも作者の意図したことであるのなら、君に罪はない」
助手の手には、ナイフが握られていた。それは、受け止めた僕の腹部に深々と刺さっている。
「ああ……博士、私は、なんてことを……」
「大丈夫。君は罪には問われない。多分、もうすぐこの物語は終わるから。これは予感だ」
「博士、そんなことは、もう……」
「それに、仮に君が牢獄に囚われたとしても、『君』という記号以上に拘束されることはあり得ない。安心していい」
僕は、そこで一度だけ、ゴボリと血を吐いた。
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