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数歩後退して、右手の通りを覗く。
「あ、あ~っ!」
私は歓喜の声を上げて、明るく灯る看板を指差した。
“焼き鳥・夢子”
こじんまりとした店で、しかも初めて入るのでちょっと躊躇したが、えいっとばかりに引き戸を開けて中に入った。
店の中には顔も体も丸い人の良さそうなおばちゃんと、背は低いが体格の良い角刈りの男の人。ふたりは胸に“焼き鳥・夢子”と刺繍の入った色違いのハッピを着ている。母と息子でやってる店らしかった。
カウンターに肩を並べてメニューを見る。
「俺、生ビール中にしよ」
「生大もあるで」
「ほな生大♪」
黄色の王国では、どんだけ呑めるかがステータスとなるのだが、地球ではたしなむ程度が奥ゆかしくてモテるらしい。諸説あり。
「私どうしよかな…初めての店で生大頼んだら酒飲みやと思われそうで恥ずかしいし…」
「ええやん、ユカリはいつも生大やねんし」
行雄のことは恋愛対象外だから、お構いなしにいつも黄色の王国にいる調子で呑んでいたのだが、何もここで暴露しなくてもとイラッとした。
行雄のアホンダラ…
「いつもってことはないわ」
そんなやりとりをしていると、カウンターの中から笑い声が聞こえた。
目を上げるとお店の人が笑いながら言った。
「いつも生大やったら、生大でええやん」
その声を聞いて、私は一瞬ポカンとした。お店の人は、息子じゃなくて、娘だったのだ。
それが、私と″大将″との出会いだった。
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