見上げた月、届かぬ手

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   深い、深い夜。  何時も静かなこの時が、今日はやけに賑わっていた。  皆、呑んで食べてのドンチャン騒ぎ。  それを、どこか冷めた目で眺めていた主役は、耐え切れずにそっと席を外した。  自分の為に催された宴の席だったが、皆と騒ぐ気にはとてもなれなかった。  政略結婚。  明日、私は“上杉”から“長尾”になる。  仕方のない事だとわかっていても、気持ちが、まだ受け入れないでいた。  心を鎮める為に向かった、毘沙門天を奉る祭壇。  仰げば、凛々しい姿に重なる面影。  気持ちは、鎮まるどころか、騒ぎだし―。  きつく、胸元を握り締めた。  その時―。 「こちらにおられましたか、姉上」  耳に心地よく響く低音に、彼の姉―桃は驚いて振り返った。 「…輝虎」 「主役の姿が見えないとなると、皆が騒ぎますよ」  戻りましょう、と差し延べられた手。  けれど、その手をとらずに、桃は背を向けた。 「あの騒ぎでは、誰も気付きますまい」 「…確かに」  小さく笑って、隣に並ぶ輝虎。  視線を追い、同じ様に毘沙門天を仰ぎ見る。 「…何を、願っておいでですか?」  真剣に見つめる眼差しに、ふと漏れた問い。  桃は、視線を反らす事なく、答える。 「願う、というより、戦っているのです。自分の心と―」
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