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立っていたのは、極めて風変わりな男だった。黒い燕尾服に、黒の蝶ネクタイ。ご丁寧にシルクハットをかぶり、木製のステッキまで持っている。雪のような白い肌に、精緻なガラス細工のように整った顔立ちは、人の良さそうな笑みを浮かべて私を見つめている。
「大切なものなんて何もない、自分の身体でさえも――そう思っていらっしゃるのですね?」
燕尾服の男は、そう言いながらステッキと反対の手に持っていた黒いこうもり傘を、私の方に差し掛けた。
私は、はっとして男の瞳を見つめた。彼の黒い目は、まるで何も映していないかのように静かな闇を湛えている。
「そのとおりだ、という顔をしていますね。……それで、あなたはどうしたいのですか?」
「……わ、私は」
私は声を出そうとするが、かすれてしまってうまく喋れない。
「このまま死んでしまいたい、自分の存在を消してしまいたい――違いますか?」
男の言葉に、私は息を飲んだ。彼の言うとおりだった。私は死に場所を見つけるために、雨の街の中に飛び出してきたのだ。
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