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「どんな不幸を背負っているのかと思えば、とんでもないお子様ですねぇ」
私の視線など気付かぬげに、燕尾服の男が唇の端を歪めて見せた。言葉は相変わらず丁寧だが、その内容は毒に満ちている。私はさらに表情を険しくして、軽薄そうな笑みを浮かべる男の顔を睨んだ。
「ええ、あなたの言うとおりですとも。あなたごときが、この世で生きる意味など何もございませんよ。そりゃあそうでしょうよ、あなたのような小娘が、生きる意味などという大層なもの、持っているはずがないじゃありませんか」
あんまりな男の言葉に、私はかっとなって右手を振り上げた。
ぱしっという渇いた音。
私が振り上げた手は、男に掴まれていた。私の手を掴むときに手を離したこうもり傘が、ゆっくりと地面に落ちる。激しい雨が、男の燕尾服を、その美しい顔を、濡らしていく。
「おやおや、怒ったのですか? なぜです? 自分が世界に必要ない存在だと、認めるのが嫌だからですか?」
私の手首を掴んだまま、男がその真っ暗な瞳で私を見つめる。
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