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真理は、動けなかった。
頭ははっきりしているのに、身体は少しも言う事を聞いてくれない。
彼女の目の前には、あの日の光景が広がっていた。
太陽が沈んだばかりで、薄暗くなり始めた冬の黄昏時の街。会社の終業時刻を迎え、仕事を終えた人々が足早に帰途につく、交差点の前。
何度も見た、光景。
真理はその光景から逃れようと、目を閉じようとするが、まぶたさえも彼女の思い通りには動いてくれなかった。
――嫌だ。この先は見たくない。
心の中で悲痛な叫びを上げる真理をあざ笑うかのように、情景はとどまることなく流れていく。
交差点の向こう側に、一人の少年が姿を現した。無機質に街を行く人々の中で彼だけが、まるでその身体からまばゆい光を放っているかのように、はっきりと際立っていた。
「リョウ……」
真理の唇から、声にならない声が、零れた。
必死の思いで彼に呼びかける真理に、少年が気づくことはなかった。彼はしきりに時計を気にした様子で、交差点の信号が青に変わるのを待っているようだった。
「リョウ! ……来ちゃだめ!」
真理の叫びはしかし、やはり声にならなかった。
この先に何が起こるのか、真理にはわかっていた。
――なんとしてもリョウを止めなくちゃ。
心臓は高鳴り、頭がカッと熱くなる。
しかし、体はぴくりとも動かない。叫び声が、音になる事もない。
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