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「はぁ、はぁ、はぁ……」  真理は、自分の荒い息で目を覚ました。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。全身にびっしりと冷たい汗をかいている。  いつものことだ。あの日から一年になるが、悪夢を見なかった日は一日としてない。  とはいえ、胸の張り裂けるような、頭の中をかき回されるような不快感は、毎日感じても決して慣れることはなかった。 「……リョウ」  真理は、血を吐くように、苦しげにその名を呟いた。  気づけば頬が濡れている。それもいつものことだ。  全身を駆け巡る行き場のない激しい感情の捌け口を求めるように、真理は唇を噛み、強く握った拳をベッドに叩きつけた。金属製のスプリングが、軋んだ音を立てる。  その時ふと違和感を覚えて、真理は握り締めていた拳を開いた。開いた拳の中から、くしゃくしゃになった紙切れが出てくる。いつの間にか握り締めていたらしい。  それは、クロサキと名乗る男が置いていった、名刺だった。  唐突に、真理の頭の中でクロサキの言葉が甦った。 『悲しい記憶を消し、そんなことははじめから存在しなかったことにしてしまえばよいのです。そうすればあなたは悲しみから解放されます』  半ばマヒした真理の渇いた心に、甘美な香りをまとったクロサキの――悪魔メフィストの言葉が、ゆっくりと沁み込んでいく。 「リョウ……」  もう一度、すがるように彼の名を呼んだ真理の声は、弱々しく、震えていた。  そして彼女の声に応えるものは、ただ静寂のみだった。 「……」  真理は、くしゃくしゃの名刺を虚ろな瞳で見つめ、かたわらの携帯電話に手を伸ばした。  彼女の震える指が、ゆっくりと、携帯電話のボタンを押し始めた。
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