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「……というわけで、われわれ天使は、人間の記憶によって存在しているのです。……ミカエル、聞いていますか?」  黒衣の男性が、穏やかな声で部屋の中にいたもうひとりに話しかけた。  部屋の中にいたもう一人、ミカエルと呼ばれた少年は――机に突っ伏して眠っていた。こちらは十代後半といったところか。幼さの残る顔に幸せそうな表情を浮かべて眠りこけている。その茶色がかったふわふわの黒髪は、寝癖でおかしな方向に飛び跳ねていた。  確かに、窓からの優しく暖かな陽射しを受けて、部屋の中は程よく心地よい眠りを誘う空気を漂わせている。 「……はぁ」  教科書の上によだれをたらしながら豪快に寝息を立てる少年の姿を見て、僧衣の男性は右手を腰に当てため息をついた。  その表情は相変わらず穏やかだが、端正な白い顔のこめかみに、血管が浮き出ている。  僧衣の男性はそのまま、ツカツカと少年の眠りこける机の方に歩み寄った。  そして、無言で、左手に抱えていた分厚い本をミカエルの頭の上に振り下ろす。  ゴンッという鈍い音。 「いっ!」  突然頭を襲った衝撃に、ミカエルが飛び上がって、そのまま頭を抱えてしまう。かなり痛かったらしい。目の端がかすかに潤んでいる。 「なにす……」  突然の暴力に抗議の声を上げようと、顔を上げたミカエルの視界に入ったのは、僧衣の男性の満面の笑みだった。  天使の微笑とも言うべき非の打ち所のない穏やかな笑み――のように見えるが、こめかみに浮き出た血管が、その内心を主張している。 「授業中に居眠りをするな、といつも言っているでしょう」  あくまでも、穏やかな声。だが、彼が穏やかであればあるほど恐ろしいということは、ミカエルには身に沁みてわかっていた。 「あなたは、明日のクリスマスに大切な仕事を仰せつかっているのですよ。もっと自覚を持ちなさい」 「は、は~い、ラファエル先生」  急にしおらしい態度になって頭を下げる。あんな笑い方をするときの先生には、逆らわないのが一番いい。
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