第壱章 ~虚栄金魚~

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アタシの母は とても美しいヒトだ 透き通るような白い肌 端正な鼻立ち 愛らしさを含めた 大きな眼差し スタイルも良い。 年を重ねるたび 美しくなる彼女は 半ば人間じゃ 無いのかもしれないと 錯覚するほど。 ただ波瀾万丈なヒトで アタシが中学二年の時 突然父は蒸発し 家計のために スナックで働き出した母は すぐに別の男が出来た さらにバツイチの子供までいる男で 男の子供はアタシと同い年くらいの息子 正直,納得できなかった。 父さんが生きているかすら わからないけど 父さんは優しかった 時に厳しくて 良く働くヒトだった だから専業主婦やって これたんだろ? そんな父さんを 簡単にアンタは忘れるの? アタシまで産んどいて 人は人を簡単に愛し 簡単に忘れられるのだろうか? そんな彼らは 今年,同棲する。 息子もまた 一緒に暮らすらしい。 顔も名前も知らない会った事も無い 他人二人が早くも実家に 寄生するのかと思うと ゾッとする 「・・・・だからね,宵ちゃんは お母さんとこでまた一緒に暮らすんだよ」 おばさんの嬉しそうな顔が 憎々しい。 アンタのその面にフライパン お見舞いしてやりたくなるよ。 おばさんの面も見たかねぇ けど 母親はもっと見たかねぇ だからわざわざ陸上推薦だけという危険な橋を使ってかかって アタシは京都まできたんじゃねぇか。 「よく三年までいれたな 奇跡的な事だ まあ高校だけが全てじゃない お疲れ。」 学年主任の最後の言葉が 頭の中を駆けずり回る 馬鹿にしやがって アタシは退学より何よりも 走れなくなった事が ショックでショックで 羽をもがれた鳥のように 行き場所を失ったんだよ? アンタにそれがわかるかい? 夢中で唯一の取り柄に すがって生きていた 風を感じ そのフィールドに立ったとき 誰よりも 〈今〉を感じるんだ 目の前のコースを走り抜けた アタシは生きているって 誰もがその時だけは 見てくれた トップアスリートであり サコシタ ショウコ 佐古下 宵子 という一人の女であり人間を。
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