第1章 ―舞い降りた雪―

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俺はバラードを歌う時、必ず目を閉じる。 その歌に込めた思い、歌詞に吹き込んだ想いをゆり鮮明に体中に溢れさせ、聴いている人に伝えるため努力していた。 そのため、歌い終わってから目を開けた時にいつの間にか増えているギャラリーに驚くなんて事は日常茶飯事だったりする。 ただ…、この日だけは違った。 俺は歌の最後のサビに差し掛かり、最高の想いを込めて歌った。 歌に込めた多くの想い、夜寝る間も惜しんで考え気持ちを宿した歌詞。 それをこいつらに伝えたい。 ………。 完璧だ…。 今までで1番のデキかもしれない。 ゆっくり目を開けた。いったいどんな顔をしているだろう、俺の歌は伝わっただろうか? 期待と不安が入り混じる、なんとも言えない不思議な感覚。 …。 …? 居ない…? あいつらどこに行った? 目を開けると、常連のあいつらが消えていた。 ただ一人、女が座っている以外誰ひとり居なかった…。 パチパチ…。 小さく拍手をし、女は言い放った。 「あなたの歌は死んでるよ」 無表情で冷たい眼差しを俺に向けていた。 これが俺の人生の始まりだった。
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