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空き巣狙いか。それとも、女性を狙った変質者か。
110番通報しようか。しかし、この程度の事で警察を呼んで、いいものか。第一、ケータイが…――。
アンテナは『圏外』の状態から、変わる気配がない。
明日、誰かに…まずは大家さんに相談しよう。
心細くなった裕吾は、部屋中の照明を全て点け、そして急いでテレビを繋いだ。DVDもスピーカーも、ゲーム機も関係ない。テレビから音声さえ流れてくれたら…。チャンネル設定が難しく、NHK教育しか映らなかったが、それでも裕吾には充分だった。
僅かながらも安心感を得ることが出来た裕吾は、残りのビールを一気に煽ると、そのまま布団に潜り込んで目を瞑った。
慣れない部屋で、しかも灯りをつけたままだったため、裕吾の眠りは浅く、6時を回る前に目を覚ました。
波の音は穏やかで、風も止んだ様子だった。
裕吾は布団を抜け出し、窓際に近付いた。外には、朝の気配が漂っている。
恐る恐る、左のカーテンを開けてみる。窓枠には新たな雪が降り積もり、昨夜の手の跡を覆い隠していた。
ふう、と軽い安堵のため息を漏らしながら、裕吾は残りのカーテンを右へと引いた。
窓に吹き付けた風雪がへばりつき、下半分を真っ白に覆っている。
その凍りついた雪をこそげ落としたように、指で鏡文字が描かれていた。
『 タ カ シ
お か え り 』
途中で指が切れたのか、『え』と『り』の文字は、真っ赤になぞられていた。
裕吾の背筋を、冷たい物が走り抜けた。
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