タカシ

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   部屋の奥でじっと身を潜めながら、裕吾は何度も携帯を開いてみる。  あれから15分。まだ7時前。圏外。あれから20分。圏外…。  外敵に追われ、巣の外を警戒する野兎の如く、裕吾は神経を張りつめさせている。  緊張感がさらに高まっていくこの空間から、早く抜け出したい。  外に出て、助けを求めないと…。  再び携帯を見る。7時15分。圏外。  裕吾はコートを羽織り、玄関へとそっと近づいた。外に、気配はない。  覗き窓にゆっくりと、右目を近付ける。 「……」  誰も、居ない。  裕吾はスニーカーを履き、ドアチェーンを外した。次いで、サムターンに手を伸ばす。  ゴッ。  錠の開く音が響いた。  ドアノブを握りしめた裕吾は、覚悟を決め勢いよくドアを開けた。  そこには誰もおらず、何もなく、ただ一面に雪景色が広がっていた。  戸外へと足を踏み出した彼は、緊張をさらに高めながら、ドアに鍵を差し入れようとした。  しかし、焦りから来る手の震えで、うまく入らない。  ――早く。早くここから…。  鍵が差し込まれ、右に回った瞬間、裕吾は建物の脇から視線を感じた。  彼が振り向いたその先には、真っ黒い、長い髪の女が顔の半分を覗かせていた。その口元に、笑みを浮かべて。 「ひあっっ!」  裕吾は慌てて、引っかかる鍵を無理やり引き抜くと、女とは反対の方向へと駆け出した。  背後から、ざく、ざくと、積雪を踏みしめる音が聞こえる。  裕吾は足が滑り、転びそうにつんのめりながら、商店街の方角へと走っていった。  低くかすれた叫び声を上げながら。  
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