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「うーん…」
その巡査は、夜勤を終えるはずが、交代の到着が遅れていたために、大層不機嫌だった。
「あなたのお話し聞く限りではね…どうも事件性が薄いっちゅうか…。
実際、被害に遭われた訳ではないんですよね?」
「はあ、まあ…」
「一応、ノビ(侵入)とかタタキ(強盗)に発展しないとも限らんから…とりあえず、警邏要請ってことでいいですかね」
時間が空けば、見回りしておく…巡査の投げやりな回答が、それでも裕吾にとっては心強く思えた。
「ちなみに…前に住んでた人の名前って、教えてもらえませんか」
巡査は首を横に振る。
「『個人情報』にあたりますんで、教えられないんですよ」
「それじゃ、タカシって名前か、そうじゃないのかだけでも…」
巡査は重い腰を上げ、住民台帳を捲り始めた。数冊の台帳を開き、ページを指でなぞる。
その指がぴたりと止まった時、裕吾には巡査の眉間に一瞬、皺が寄ったように見えた。
「違いましたね。タカシさんじゃないですよ」
ならば、なぜあの部屋に住む僕に固執するのか――裕吾はさらに不安に襲われ、訊いた事を後悔した。
「お世話かけました」
「いえ、お気をつけて」
自身の掛けた言葉に少しだけ矛盾を感じながら、巡査は開いたままの台帳に再び目を落とした。
『世帯主 高岡慎一
昭和5×年9月8日生
平成1×年2月9日 死亡』
「3年前か…」
彼がそうつぶやいて軽く溜め息をついた時、交代のパトカーが到着した。
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