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で……これ、どうすりゃいいんだ?
缶を見つめて途方に暮れていると、背後から駆け足の音と、女の子の声が聞こえてきた。
「もう~~~、吉川くんったら飛ばしすぎだよ~~っ」
どうやら彼女が鬼らしいな。
そして、缶を渡してやろうと振り返った俺の目に、その少女は映った。
同時に俺は、自分の目を疑った。
俺はその少女を、知っている。
「夏目……涼……?」
「イカにもっ! マイネームイズ夏目涼だよっ!」
一目でわかった。
この、太陽よりも明るく、雲ひとつない空よりも澄んだ綺麗な笑顔は、昔のままだった。
「君は……ネクタイの色からしてタメだから……ひょっとして、高等部から入った人?」
「あ…ああ。そうだよ」
「すでに受験組にも名前が知られてるとは……いや~、お恥ずかしい」
照れたように笑うその姿も、今まで見たことがないくらい、美しいと思った。
「それで……その、催促するみたいで申し訳ないんだけど……」
そう言って夏目涼は、俺の手にある缶を見つめた。
しまった……つい見とれてしまっていた。
「ご、ごめん…!!」
缶を受けとると、彼女はすかさず身を翻し、駆け出した。
「ありがとっ! また今度缶ケリ大会に参加してね~!」
そう言って、女の子とは思えないくらいのスピードで、走り去って行った。
「………見つけた」
拍子抜けしてしまった。
まだ、探そうと思いついたばかりだったのに、こうもあっさり見つかってしまうとは……。
でも、これで、この学園に来た甲斐があったってもんだ。
彼女が俺を覚えていなかったのは好都合だな。
俺はこのために、生まれ変わったんだ。
あの少女、夏目涼のために。
まずは情報収集をしなければいけないな。
あの夏目涼という少女について。
あれだけの美少女だ。
きっと学園でも有名に違いない。
月曜日、吉川にでも訊いてみることにしよう。
──こうして、俺は学園生活への希望を見つけ、俺と夏目涼の伝説を紡ぐ第一歩を、この時はゆっくり、歩き始めたんだ。
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