1.ヒト

4/28
前へ
/119ページ
次へ
「道端でこういうことするの嫌いなくせに……。はい、できた。格好良いよ」 「さんきゅ」  高めの位置でまとめてもらった髪を、軽く振る。  長い黒髪。切るのが面倒だから伸ばしているだけなのだが、自分で結べないから欝陶しいことこの上ない。いつもは姉貴に頼むが、仕事でいないときはそのまんまだ。見兼ねた誰かが結んでくれるからいいけど。  学校じゃ、教員連中がうるさいしな。  すると千尋は呆れた表情を急に曇らせて、あたしから顔をそむけた。  次に言われることはわかってる。あたしは頭を掻いた。千尋が小さな声で呟く。 「……お礼なんかいらないよ。仕方ないじゃない」 「仕方ないとか言うなよ。あたしが悪いんだからさ」 「火影は悪くない!」  千尋は悲痛そうに叫んだ。  言ってから、はっ、と口を押さえる。 「ご……ごめん」  ごめん、ね。  その言葉が1番嫌いだって、お前は知ってるだろうに。  あたしはぶっきらぼうに言う。 「謝んなって。ああもう、面倒だなあ……気にすんなよ」 「………うん」  あたしが気にしてないのに、周りはみんな気を遣う。特に、千尋。  別にどうってことないじゃないか。  “鏡が見られない”、なんてこと。 「おら、いつまでもぐだぐだしてたら遅刻すんぞ?行こうぜ」 「……そだね。行こっか」  千尋が顔をあげたのを見て、あたしはぐしゃりと千尋の頭を撫でた。  
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加