1.ヒト

5/28
前へ
/119ページ
次へ
 あたしは鏡が見られない。  自分の顔を見たくないから。  鏡だけじゃない。  本名も、無理。  あいつらの声が、蘇ってくるから。 「ほーかげっ♪」 「渚、壱」 「久し振りです。……元気そうですね」  追いかけてきたのは、戸祭渚と鹿浜壱。二人とも千尋と同じ、あたしの大切な親友だ。  明るい赤毛に中性的な顔付きの渚は、なかなか調子の良い性格なので、よく一緒に馬鹿をやっている。  一方、どことなく色素の薄い壱は、とても大人しいものの、好奇心は人一倍。一緒にいると、愉しいことこの上ない。  さて、終了式ぶりだから……そんなに久し振りってこともないのだが、まあ毎日のように顔を合わせていたあたしたちからすれば、2週間はかなりの長期間だ。  渚は相変わらずへらりと笑う。 「火影、まーたぼろぼろじゃん。格好良いー!」 「おう。似合うだろ?」 「褒めてないよ、火影……」 「わかってるっつーの。ったく、千尋は冗談が通じねえなあ」  また千尋に呆れられる。渚が笑っている。壱も。  こいつらの隣は、たまらなく居心地がいい。でも……。  
/119ページ

最初のコメントを投稿しよう!

29人が本棚に入れています
本棚に追加