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「やめて下さい!」
「ちょっと位いいだろ」
若いハスキーな声に被さるように発せられた、中年男性のげびた笑いが耳についた。
俺は路地に足を踏み入れ、声をかけた。
こういうナンパが俺は一番嫌いなんだ。
「おっさん何してんの?」
「い…いや…何でもない…」
俺が声をかけただけで男はそそくさと逃げていった。
「…大丈夫か?」
ハスキーボイスの主は俯いて下を向いている。
ショートの甘栗色の髪がサラサラと風になびく。
「おい…」
心配になって顔を覗き込むと、
「……!」
「怖かった…」
ハスキーボイスの主は俺にしがみついて、肩口に顔をうずめた。
「お前…男か…?」
抱きしめ返した体の骨格で、引っ付いている人物が男であるとようやくわかった。
だが、俺の声に返事をすることなく、彼は震える体を預けてきた。
「大丈夫だ」
男の割に華奢な体に腕を回し、背中をさすってやる。
不思議と気持ち悪いとは感じなかった。
俺の鼻孔を彼の体臭なのか、甘い香りがかすめた。
「良い香り…」
彼の首にまかれた、季節外れのモコモコの白いマフラーに顔を埋めると目を閉じた。
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