1 偏愛

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 ひっそりと静まり返った部屋に、高橋は一人目を閉じて佇んでいた。こうしているとすぐ傍に別の生物がいる気がする。自分は孤独ではない、そう思えるだけで高橋は安心できた。  部屋には小型のテレビ、シングルベッド、ガラス製のテーブルといった家具しか無く、小綺麗に整理されている。テレビ画面は暗く、電波を受信しない今は何も映っていない。白を基調とした清潔感のある部屋の中央に立ち瞑想するという行為は、高橋の風呂上がりの日課となっていた。  ふと何かの気配を感じたので我に返り、床と壁の境目を見た。扁平的で黒いツヤのある背中に、その体長ほどの触角、茨のように棘のある発達した筋肉質の足。ゴキブリである。  高橋は身を屈めて、ゴキブリが逃げ出さないように慎重に手を伸ばした。ゴキブリもこちらの様子を窺うように、動きを止めた。しかしあと10センチほど、と言うところでゴキブリが素早く動いた。
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