望郷と

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望郷と 自室で優雅に三時のお茶を楽しんでいたペリーヌの耳に、廊下からだろうかルッキーニのかしましい声が聞こえてきた。昨日も、一昨日も彼女はなんやかんやとやらかしていたのだが毎日懲りないようだ。いたずら猫はどたどたと走り回っているようで扉ごしでもかなりの物音がする。 「リーネはふわふわマシュマロむにむに~!」 何がふわふわでむにむにかをきくのは無粋である。いつもはシャーリーにくっつき虫のルッキーニだが、きょうはリーネで遊んでいたらしい。きっと今頃くたくたになっているであろうリーネに、ご愁傷様、とペリーヌは心の中で呟いた。 少しぬるくなった紅茶を口に含む。実家から送られてきたガリアの有名な紅茶は上品な香りとともに、彼女に懐かしき故郷を思い出させた。 屋敷には大きな庭園があり、毎日赤や黄など色とりどりの花が咲き乱れていた。名前のわからない花の名を、庭師が豆知識を交えながら丁寧に教えてくれたのは今でもしっかりと覚えている。 レイピアの稽古が嫌で、部屋に閉じこもったこともあった。剣は騎士のたしなみで、蝶よ花よと育てられた自身に必要性が感じられなかったことと、どうせ武術を習うのなら弓術のほうが美しいと勝手におもいこんでいたからだ。なぜそんなことをおもっていたのか今では忘れてしまった。 部屋にひきこもっていたときには、いつも一番仲のよいメイドがたしなめにやってきた。そして渋々稽古にのぞみ、その稽古が終わった後にはメイドがペリーヌの大好きな菓子を用意して出迎えてくれた。 ガリアの屋敷にいたときは常に誰かがいてくれて、寂しいとおもうようなことはほとんどなかった。いまのようにひとりでお茶をすることは一度もなかった気がする。 寂しくなんか、ない。雑念を振り払おうとまた紅茶を口にする。だがペリーヌはみてしまった。紅茶の水面にうつった自分の顔が、いまにも泣き出しそうな表情になっていることを。 「お父様、お母様、わたくしは、ペリーヌは…」 お嬢様の呟きは、誰にも、ガリアにも届かない。 おわり
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