黒の色鉛筆

2/9
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/32ページ
『沈む時間』   冷たい……   そこは、暗く美しい世界。   少しずつ薄れゆく意識の端で、幻想的に揺らめく水面を見つめる。不規則な波紋が光を曲げ、僅かに零れる気泡と混ざり合っていく。 息のできない苦しさなど忘れ、ただ見とれ。ただ、身を委ねていた。   ――何故だ。   突如、麻痺した感覚が、一気に呼び戻される。   それはこちらを覗く影。 親友だと信じていた者。   『明日が、楽しみだな』   耳に残る、微かな囁き。   次の瞬間には、俺の体は冷たい水の中に沈んでいた。 肺に、一気に水が流れ込んでくる。今度は感覚が戻ることはなかった。 全身に渡る軽い虚脱感と、何も感じなくなった自分が妙におかしく思えた。   俺は死ぬんだ…… 改めて、そんな実感がわきおこる。 ゆっくりと重くなった瞼の向こうで、親友の口元が笑っていた。   ――あぁ、俺はあいつに殺されたんだ。   理由を考える思考は、もう停止していた。 明日……あしたは、もうないんだな……
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!