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『沈む時間』
冷たい……
そこは、暗く美しい世界。
少しずつ薄れゆく意識の端で、幻想的に揺らめく水面を見つめる。不規則な波紋が光を曲げ、僅かに零れる気泡と混ざり合っていく。
息のできない苦しさなど忘れ、ただ見とれ。ただ、身を委ねていた。
――何故だ。
突如、麻痺した感覚が、一気に呼び戻される。
それはこちらを覗く影。
親友だと信じていた者。
『明日が、楽しみだな』
耳に残る、微かな囁き。
次の瞬間には、俺の体は冷たい水の中に沈んでいた。
肺に、一気に水が流れ込んでくる。今度は感覚が戻ることはなかった。
全身に渡る軽い虚脱感と、何も感じなくなった自分が妙におかしく思えた。
俺は死ぬんだ……
改めて、そんな実感がわきおこる。
ゆっくりと重くなった瞼の向こうで、親友の口元が笑っていた。
――あぁ、俺はあいつに殺されたんだ。
理由を考える思考は、もう停止していた。
明日……あしたは、もうないんだな……
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