桃色の鉛筆

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『最後の花火』    浴衣の襟首からのぞく白いうなじに、金魚の泳ぐ着物の裾から見える細い足。  その姿は、柔らかな月明かりに照らされ、いつにも増して美しい。  彼女は村の中でも有名な美人で領主の娘、僕はただの農家の馬鹿息子。勿論、今までに話をしたことなどなく。一方的に憧れを抱き、眺める存在。  それが彼女だった。    しかし今、彼女は僕の家の縁側に座っている。突然、訪ねてきて花火を見ましょうと。  確かに僕の家は、小高い丘の上に建っており、花火を眺めるには絶好の場所だ。だが、何故だ?  じわりと、汗が喉をつたうのが分かる。この渇きは、暑さだけのせいではない。  会話もなく、静かに虫たちが合唱している。まるで祭りの太鼓に合わせるような、歌は一つの芸術。時間だけが刻一刻と過ぎてゆき、祭りの灯りが弱まる。  花火が上がり始めた。  大輪の花を咲かせ、夜空を彩る花火。その光に照らされる彼女の姿は、月明かりの下とは違う魅力。  一つ、また一つ。花火が上がる度、彼女はその美しさを目に焼き付けているようだった。 「私、お嫁に行くんです」  突然の彼女の告白に、僕は耳を疑った。花火の音で聞き間違えたと思いたい。明日、この村からは随分と遠い街の商人の家へと嫁ぐ。それは政略結婚のようなもので、相手は三十も年上。彼女が村に戻ることはもうないのだと。 「だから、覚えていたくて。村一番の花火を」  彼女は覚えていた。僕が自分の家から見える花火を最高だと自慢したことを、だから思い出作りに、足を運んだのだと。  彼女は微笑んでいた。きっと村を離れることは、悲しいのだろう。それでも涙をみせないのは、彼女のプライドなのかもしれない。  僕に出来ることは何もない。  彼女の悲しみを分かってあげることも、代わってあげることも。  僕は良く冷えたアイスを、無言で彼女に差し出した。  この程度のことしか、できない自分が悲しく、アイスに思いっきりかぶりついた。  キーンとした痛みが頭と胸に響く。  痛くて、痛くて、涙が出そうだ。    この日、僕は失恋をした。  最後の花火が輝き終わったとき、本当に僕の恋は終わった。  そして、彼女がこの村で過ごす最後の夏も終わった。
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