黒の色鉛筆

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『暗雨』   暗闇に静かな雨音が聴こえる。   外は幻のように明るく、唯一外界と繋がる窓だけが、白く光っていた。   こんなはずじゃなかった。 何度目かの後悔を心で叫びながら、僕は寒気を感じる。 じんわりと手の平に汗が滲む。   その静けさから逃げるように、僕の足はドアへと向かう。 振り返らないように。光から逃げるように。 ゆっくりと……   ――ピチャン。   たった一滴の音が、辺りに響きわたる。   僕の足は止まり、その音に呼ばれるように、振り返った。   暗闇にぼうっと壁にもたれかかる人影が見える。 また一つ、その指先から滴が落ちた。   何も言葉の出ない僕をあざ笑うかのように、人影の口元ににっと白い歯が見える。   「お前が悪いんだ!」   乾いた喉を振り絞りぶと、僕は濡れるのも構わず降りしきる雨の中に飛び出した。 背後で何かが倒れる鈍い音がしたが、振り返ることはなかった。   降りしきる雨が全てを流していく。 その真っ赤に染まった、僕の手の血も。 全てを忘れさせてくれるように、洗い流してくれる。   こんなはずじゃなかった。 そう繰り返しながら、僕の逃亡ははじまった。
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