黒の色鉛筆

9/9
前へ
/32ページ
次へ
『旅立ち』   静かに静かに足音が聞こえる。落ち葉を踏みしめ、小枝を折り、あれは確かに人の足音。 ここだと叫びたいが、僕の声は既に枯れている。 大手を振りたくとも、その手は何処かへと持ち去られてしまった。 体を起き上がらせようとも、ほとんど落ち葉の下。   だから今日も僕は見つけられない。そう、空虚な目で空を見上げ続けた。 風に揺られ、葉が囁きあっているようだ。上空に見える小さな青が、唯一外界との小窓のようにも見えた。 この竹林に来た頃は、もっと空は広かったような気がする。 時が経ちすぎたのだ。   足音はもう聞こえない。 分かっていたが、涙の代わりのように朝露が零れた。   その時。一陣の風が通り抜けていく。 細い竹たちがその身をしならせ、飛んできた帽子を捕まえた。   ――足音が向かってくる。   「あったぞ!」   大きな声と共に、顔に掛かった落ち葉を丁寧に払われ、僕の姿が外に現れる。 他の人たちも合流してきた。 皆が僕に手を合わせてくれる。   やっと見つけてくれた、それだけでいい。   僕のしゃれこうべが持ち上げられ、静かに袋の中に納められる。 闇が僕を迎える。 やっと僕は、二年見上げ続けた青空と別れることが出来た。  
/32ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加