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その酒場では、暖色の明かりの下、大杯の酒を片手に談笑する客達の声で溢れていた。
巻き煙草の紫煙と、むせ返るような鼻を突く蒸留酒の匂いが辺りを満たす。
杯を片手で呷る客は男達ばかりで、テーブルの狭い隙間を縫うようにして給仕の女性たちが愛想良く動き回っている。
途切れることのない笑い声。
食器のかち合う音の中、一人カウンターの端で杯を傾ける男がいた。
お世辞にも身なりの整ったとは言えない旅支度の格好だ。
つばの広い帽子を目深にかぶり、首にかかる髪はくすんだ赤を見せている。
肩に斜めにかけたベルトから背にぶら下がる古びたギターが、酒場の天井に吊り下がったオレンジの照明を鈍く反射させていた。
「――どうした、ボールト! いつもの元気が無いじゃねえか」
男の纏う暗い雰囲気を破るように、肩を叩きながら声をかける者がいた。
大きな体を旅装に包み、茶色の縮れた髪を後ろで結った大男だ。
腕や胴回りは人の2倍もあろうかという巨大さだが、それはぜい肉ではなく、鍛え抜かれた筋肉で引き絞られているのが服の上からでもわかる。
座っていた男は、肩を押さえて振り返った。
大男は右手に持った酒のジョッキを口に運びながら笑顔で続けた。
「そんなところで一人寂しく座ってないでよ。いつもの歌を聞かせてくれよ」
がはは、と巨漢の男は豪快に笑う。
体格も相まって、愛想の良い熊のような印象を覚える。
ボールトと呼ばれた男は苦笑した表情を見せた。
「今晩は勘弁してくれ、ワロイク。そんな気になれない」
ざんばらな赤い髪の隙間から覗く、これもまた深紅の瞳が懇願を伝える。
「ん。どうかしたのか」
沈んだ様子を窺い知ったワロイクが訊いた。
しかしそれには答えず、ボールトは黙って飴色の酒の入ったグラスを軽く掲げた。
そのまま背を向け、背負ったギターの吊りベルトの位置を無言で直した。
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