プロローグ

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相変わらず、夜は暗かった。 寂れた路地裏にひっそりと建つ物静かなバー。焦げ茶色の扉に開店という文字はあるが、それ以外に店の看板、あるいはメニューらしきものはどこにも見当たらない。この路地裏に間違って迷いこんでしまったものはきっと、この店の存在にも気付かないであろう。それくらい、寂れた店は暗い路地裏に溶けこんでいた。 カランカラン…。 扉にかけられていたベルが客の入店を知らせる。すると店の主と思われるヒゲ面の中年男が眠そうにあくびをしながら店の奥から出てきた。 早朝であるこの時間帯はあまり人はこない。一体誰だ、と不機嫌そうに視線をあげれば、扉の前に立っているその姿に店主は固まった。その表情は限りなく無に近い。「あ゙ー…」と低い声を出し、改めてその人物を見てこんな言葉を吐いた。 「こりゃ…驚いた。珍しいな。いやほんと」 そうは言うものの、その声音からは驚きなんてものはみじんにも感じられない。見事な棒読み、無表情に、たった今入店してきた男が笑う。 「相変わらずだね、マスター」 「…うっせ。さっさと座れ」 「ぅ、わ…っ!!」 カウンターから最大限に伸ばされた腕に捕まれた男は無理矢理と言っていいほどに半強引にイスへと座らせられる。しかし男も店主も互いの性格を理解しているのか、文句はない。それどころか諦めたようにやれやれと溜め息をつくとおとなしくイスに座りなおした。 その座り心地はもう慣れたものだった。誰が決めたのかは知らないが、その席にこの男以外のものが座ることはない。誰が定めたのかも分からないが、それがこの店での暗黙のルールだった。 腕を組み、ふんと鼻を鳴らす店主を男は笑みを浮かべながら見上げる。 「本当に朝方は静かだね。まるで違うとこに来たみたい」 彼が知るここのバーはいつも賑やかだった。仲間たちが飲み、騒ぎ、笑う、そんな空間。いつからか、溜り場と化してしまったこの店。ここまでギャップがありすぎると、そんなわけでもないのに店を間違えたのではないかと思うのは当然のことだった。そんな不安も、この店の店主であるマスターを見れば一瞬で打ち消されるのだが。 「俺から見ればお前とアイツらがいるときの方がよっぽど違うとこに感じるぜ?集会の時なんか…ありゃ地獄だ」 うんざりといった様に話すマスターに男はくすくすと小さく笑った。アイツら、というのは仲間のことだろう。確かに集会の後の片づけは骨がおれそうだ、と苦笑い。
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