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「っ……!?」
私は小さく息を飲んだ。
音が聞こえた。
男が指を鳴らす音。
音の発生源からは三階分離れ、窓を閉め切った、決して聞こえるはずのない音が。
そしてゆっくりと、何かが歪む。
空気とか視界とか、そんな生易しいものじゃない。
吐き気がするほどのいびつな歪み。
しかし、教室のみんなは全く気づかないらしく、授業は淡々と続く。
日常。その日常こそが、今やとても非日常だ。
澱む、歪む。
そして、
破(パン)!
と弾けた。
歪みが収まる。と、同時に、悲鳴が巻き起こった。
教室の中心に、あり得ないモノがいる。
長い手足。一本の鉤爪。長い舌。散切り頭の童子姿。
デジャブ。
既視感を覚える。
記憶の糸をたどり、やがて一枚の絵に辿り着いた。
「垢舐…!?」
口をついて出たのは一匹の妖怪の名。
間違いない。
日本古来の可愛い(注:人によっては見識が異なります)妖怪で、主に湯殿や破屋に住み着く。
無法地帯である公立(失礼をお詫びします)ならともかく、仮にもここは、進学私立学校の高澄女子学院。
綺麗な場所を好まない垢舐がいる場所としてはちょっと不自然である。
否。
妖怪なんてものがいる時点で不自然か。
パニック状態に陥っている教室内を感慨深く見ながら、私は考える。
垢舐は妖怪だ。人に害をなす。
正確には神であろうが妖怪であろうが人に害をなすことには変わりないのだが、しかし今ここでそれについて論じる暇はない。
とにかく垢舐は害をなす。
垢舐の住み着いた場所を使用すると、使用者を死に至らせるのだ。
しかし、この場にいるのが今だけならば、住み着いたことにはならない。つまり今はまだ無害なのだ。
ならばゆっくり考えればいい。
何をしたらもっと楽しくなるか。
あえてここで断っておく必要はないが、一応言わせていただくなら、私は快楽に目がないのだ。
人によって快楽とは形異なるものだが、私にとっての快楽基準はただ一つ。
波瀾万丈。
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