Prologue

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   そもそも、この世の中の規格から外れた思考が僕の中で生み出されたのは、一体いつからだっただろうか。  以前、僕はナイフで自分の手首を切ってみたことがある。別に死にたかったわけではない。  鋭く光る白銀の刃が僕の皮膚を切り裂き、肉を抉り、血管を切断する。揚句の果てに骨を砕く。溢れ出す血飛沫に塗れながら、その甘美な感覚に酔いしれたかったからだ。肉体を一方的に切り裂く。  素晴らしいことだと僕は思う。誰にも理解されないことは、もうわかっている。  しかし、残念ながら実際は、そうにはならなかった。あまりの苦痛に堪えかねた僕は、少しも切れずにナイフを引っ込めてしまったのだ。そのことに僕は激しく自分自身に失望した。  世間で言うグロテスクやスプラッタ等と呼ばれる──俗に悪趣味だと忌み嫌われるもの──ものを、僕は心の底から本能的に狂酔している。もはや一種の愛情とも呼べる。 それは無感動、無慈悲な僕にとって唯一の感情らしい感情だろう、と自負する程だ。    しかしながら、了見の狭い世間様は、表現の自由を主張しながら、そんな人間を否定するのだった。
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