恋人

3/4
前へ
/68ページ
次へ
2007年、冬――。 「か~ずき♪」 ガバッ― 『うぉっ!?』 私は浜辺に座っている和稀の背中に向かって、勢い良く抱き付いた。 その反動で、和稀の体が大きく前に体勢を崩す。 『ったく、お前は…』 「へへ♪」 呆れたような笑みを浮かべてゆっくり振り向いた和稀に、私は悪戯っ子そうな笑みを浮かべて見つめた。 和稀は大抵の事なら笑って許してくれる。 怒鳴られた事なんて一度も無い。 いつも、笑顔で相手してくれた。 そんな和稀が大好きで、つい甘えてしまう。 「今日、寒くない?チャリ漕いだら手、真っ赤なった!」 『貸してみ?』 抱き締めていた力を緩め、冬の寒さで真っ赤になった手を和稀に見せた。 本間やな、と何処か優しい眼差しで私の手を見つめる和稀。 とても大事そうに彼の大きな手が、私の手を優しく包み込んだ。 『ちっちゃい手…赤ちゃんみたいやな』 「うっさいわ」 二人でクスクス笑いながら、くだらない話をする。 そんな平凡な日々が楽しくて、一緒に居れるだけで幸せだった。 視線を下に向けて包み込まれた手を見つめては、和稀の温もりが手伝いに体へと流れていく。 氷のように冷たくなっていた手が、徐々に元の温かさを戻す。 「和稀、ありがとっ!もう、大丈夫」 『ん…』 私の言葉を聞いた和稀はスッと手を離し、再び目の前の海へと視線を移した。 手が離れると、私は和稀の背中から離れ、隣に腰を下ろす。 座る場所は決まって左側。 左側に座って、横目でチラッと和稀を見上げる。 真っ直ぐ海を見つめる和稀の横顔。 思わず見とれてしまって、少しばかりドキドキした。 『久ぶりやな…こうやって海で会うの』 ボーッと自分の世界に入り込んでいた、私。 ハッと我に返っては、微笑みながら慌てたように頷く。 「やなぁ……」 私と和稀は家が少し離れていて、会いに行くのには自転車しか交通手段が無い。 片道30分くらいの道のり。 好きな人に会えるなら全然苦にはならないが、時間が限られ、いつも短時間でしか会えない。 私の両親が厳しく、こうやってゆっくり会えるのはなかなか無いのだ。
/68ページ

最初のコメントを投稿しよう!

103人が本棚に入れています
本棚に追加