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今父さんを傷つけて何になる?父さんは母さんが死んで酷く心が荒んでいるんだ。そんな父さんを僕が支えなくちゃいけない。僕が支えなくちゃいけないんだ。
「ごめん、何でもない。僕は本当に大丈夫だよ。父さんこそ無理はしないで」
「……そうか、そうだな。わかった、じゃあまた後で電話するよ。叔父さんに宜しくな」
「うん」
耳に残る残響を消し去るかのように、僕は受話器を力強く押し付けた。
今更ながら、僕の家庭は複雑な環境にあった。あくまで僕から見てであり、外から見ればただの一般家庭に過ぎないのかもしれないが。
父さんと明は一昨年から東京に出稼ぎに行ったきり、今日この日まで連絡は一度もなく、母さんは元来虚弱体質で病院に入院しっぱなし。そして僕は高校に籍を置きながらの不登校児……家族はてんでバラバラだった。
家族について考えると、いつも倦怠感が僕を襲う。
何も考えたくない、家族なんてあってないようなものだ。僕は僕の人生を歩む。母さんも父さんも明も、みんな好きなように生きたらいいさ。
少し埃を被った灰色の電話線を根元から引き抜き、僕は2階の自室に向かった。
僕は元からひとりぼっちだ。
寂しくなんかない。
別に寂しくなんかない。
絶対に。
だけど、少し、悲しい。
本当は母さんのことが大好きだった。自分勝手な家族の中で唯一僕たちを思ってくれた母さん。あの温かい笑顔が本当に好きだった。
母さんは鈴蘭の様にか弱くとも賢明に生き、潔白な優しさを持っていた。
でも、もう、死んだんだ。
ドアを開けると黒のカーテン、黒の絨毯。白と黒の唐松模様で統一されたベッドに、黒の小テーブル。それらより一際黒い自分自身。自室はいつだって暗闇に染まっていた。
先程まで読んでいた漫画を棚まで運び、巻数通りきっちり並べる。
最初の状態に戻ったベッドに潜り込みながら、母さんとの思い出を必死に思い返す。思い返しては何度も泣こうと試みた。が、涙は一向に僕の頬に筋を1つも作らなかった。
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