『斎藤』―螺輝様へ―

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ふいに瞼をあげる そこは、見慣れた執務室だ 警官になってから、自室と同様に使用している 蘇った記憶が夢のものであると自覚し、息をついた 随分と昔のことだ まだ新撰組であったころ。 もう十年が過ぎた だが、いまだに忘れられないのだ 過去に囚われるなど馬鹿らしいと思っていたが、どうやら自分も馬鹿らしい 目を閉じると脳裏を過る、小柄な体と… 明るい笑み そして …斎藤さん! 元気に名を呼ぶ声 唯一引きずる、過去だ あの襲撃はうまくいった 維新志士を片付け、会合を壊し、未遂で終わったのだ しかし、 共に乗り込んだ少女が、戻らなかった 拐われたか、もしくは殺されたか 今も昔も、わからない 生きているのか、はたまた既に亡いのか それすらも… 「…ゆうこ」 ゆうこ。 大道寺ゆうこ。 それが少女の名前だ 女にしてはなかなかの剣筋で、皆も優しく接していた 本人も皆が好きで、ころころ笑っては楽しげにして。 不思議な女だった。 まあ、まだ十六だったけれど。 ふっと微笑して、苦笑する 今さら思いだして何になるのか 時は流れて今は明治 斎藤一という名をかくして生きる自分を、たとえ生きていても彼女は見つけられないだろう だが、やはり… 会いたいと、思ってしまう思いは 確かに、あった……。
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