彼女のいる風景

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 何から話し始めたらいいだろう。  これは彼女についての短いエピソードだ。  その日は四月の早朝にもかかわらず、さしこむ光は初夏を思わせた。  当時、高校三年だった僕はいつもの電車にゆられて高校に通っていた。  僕は混みあった電車の中、担任のバーコード頭からうけた説教を思い出していた。 「おまえこの成績で大学にいくつもりなのか?」  彼はそう言うと、手に持っている前回のテスト結果を事務机にたたきつけた。  そのアブラぎった顔には、そんなに暑いというわけでもないのに汗が浮かんでいる。  見た目、彼は非常に人間の嫌悪感をそそる。  僕はというと彼の話を聞くふりをして、外の風景をながめていた。  バーコードの頭越しの窓からは大きな桜の木がみえる。  なんでも昔の戦争の爆撃を生き延びた桜だそうだ。  他の桜は花をつけ始めているというのに、枝には花どころか若葉もついていない。  虫にでもやられたのかなと一瞬思ったが、視線はすぐに別の場所へ移動した。   桜の近くでは女子バレー部の発達した太ももが元気に飛びはねていた。  口元に自然と笑みが浮かぶ。  突然、視線の端から黒い物体がせまってきた。  それがバーコードの剛毛をまとったこぶしだとわかった瞬間、僕の額でにぶい音がした。
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