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スタジオ内のアナログ時計が八時を示してからは、今日は帰らせて下さい、と何度も言おうとした。
母親からの激怒メールが絶えず自動受信され、ケータイは鳴りっぱなしだった。
不安で不安で不安で、今にも泣き出しそうな状況。
だが、私に限らず、バンドのメンバーもみんな社会人で忙しいなか都合を合わせて来ている。
いくらサポートとはいえ、これも一つの仕事なんだ、と思ったら早々抜けるのも悪いと思い、そうやって自分のなかで葛藤しているうちにレコーディングは着々と進行し、時計の針は九時を指そうとしていた。
「おっけー! いいでしょう!」
録音の機材をスタジオに持ち込んで操作をしていたエンジニアが、私の出番の終わりを告げた。
「ありがとうございましたー」
ボーカルの女性に手を振って、笑顔でスタジオを出る。
早足で地下鉄の駅へ向かう。ケータイを開くとメールが来ていた。
レコーディングの合間に状況を知らせた、彼氏からだ。
一人で考え込んでいたくなくて、彼氏にメールした。
それだけのためにこんなことにまで巻き込んでしまって、私は最低だ。
返信のメールを打つ時間が惜しくて、電話した。
「もしもし? ねぇ、どうしよう」
『どうしようって言ったって、どうにもできないよ』
「だって、レオが……!」
思わず半泣きになり、声が震える。
涙もろい性格を呪った。
『とりあえず探すのは妹さんに任せて、志穂は気をつけて焦らずに帰りなよ。レオには志穂がいないといけないんでしょ?』
「うん……」
たった数分の会話。
少し落ち着いた。
さて、電車に乗ろう。
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