にー

2/3
前へ
/14ページ
次へ
 スタジオ内のアナログ時計が八時を示してからは、今日は帰らせて下さい、と何度も言おうとした。  母親からの激怒メールが絶えず自動受信され、ケータイは鳴りっぱなしだった。  不安で不安で不安で、今にも泣き出しそうな状況。  だが、私に限らず、バンドのメンバーもみんな社会人で忙しいなか都合を合わせて来ている。  いくらサポートとはいえ、これも一つの仕事なんだ、と思ったら早々抜けるのも悪いと思い、そうやって自分のなかで葛藤しているうちにレコーディングは着々と進行し、時計の針は九時を指そうとしていた。  「おっけー! いいでしょう!」  録音の機材をスタジオに持ち込んで操作をしていたエンジニアが、私の出番の終わりを告げた。  「ありがとうございましたー」  ボーカルの女性に手を振って、笑顔でスタジオを出る。  早足で地下鉄の駅へ向かう。ケータイを開くとメールが来ていた。  レコーディングの合間に状況を知らせた、彼氏からだ。  一人で考え込んでいたくなくて、彼氏にメールした。  それだけのためにこんなことにまで巻き込んでしまって、私は最低だ。  返信のメールを打つ時間が惜しくて、電話した。  「もしもし? ねぇ、どうしよう」  『どうしようって言ったって、どうにもできないよ』  「だって、レオが……!」  思わず半泣きになり、声が震える。  涙もろい性格を呪った。  『とりあえず探すのは妹さんに任せて、志穂は気をつけて焦らずに帰りなよ。レオには志穂がいないといけないんでしょ?』  「うん……」  たった数分の会話。  少し落ち着いた。  さて、電車に乗ろう。
/14ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加