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そんな内気だった俺に転機が訪れるなど……思う訳がなかった。
だが、出会いという物は突然だ。
ただ傘を忘れた。そこから……それだけの現実から始まる、出会いがあった。
そして歯車は動き出す。ゆっくりと……でも、確実に。
「お前、どうした?」
唐突だ。突然そんな言葉を掛けられる。
「えっ?」
そんな突然の事にビクリと肩を振るわせてしまう俺。こんな自分に言葉を掛ける人が居るなど思ってもみなかったからだ。
少し迷い、そして振り向く。そこには純粋だった頃の俺にもわかっただろう。
子供ながらにしての美少女が、じっと俺を見ていた。可愛い、ではない。自分と同じ低学年にして、雰囲気的に大人びた少女だ。
恋愛経験など欠片も無い当時の俺でさえ、そんな少女の姿に一瞬にして見とれてしまった。
「どうした、っと聞いた」
少女の口から、再び同じ言葉が掛けられる。その声に、やっとハッとした俺は、
「えっと……」
見事に言葉に詰まった。一時的ではあるが、自分が何に困っていたかすら吹き飛んでしまっていた様だ。
しかし、目の前に依然として広がる水びたしの風景を見ることによって、それが何かを思いだす。
「カサ……忘れちゃって……」
ボソっと小さな声を彼女に向けて呟いた。すると彼女は「むっ」っと小さく呟くと、"特徴的な赤毛のポニーテール"をふわりと動かし、
「では、私の傘にお前も入れてやろう!さあ、ついてこい!」
何の迷いも無くそう言って、自らの髪の色に似た、薄紅色の傘を、同じく赤いランドセルから即座に取り出し、そのまま雨の中へ飛び出して行った。
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