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フィルターの手前まで灰が来ているが、最後の一口を吸い込もうとした時。思わず口が緩む。
――来たな、爺さん!
徐々に距離を詰めてきたが、それに合わせて一定の距離を保つ。わざと減速して走り始めたら人込みへ逃げる。見失われないよう、角を曲がる時は確認する。終われる気分とは実に爽快であり、映画の中で、悪者に追われる主人公になりきっている。
しっかり着いて来ていたのだが、歳には叶わないだろう。膝に手を付け、大きく息を吸って足を止めた。残念な事に今日も追い掛けっこは幕を閉じる。
試しに振り向いて見るが、もはや追ってこない。役者は舞台から降り、日常へと戻る。物は無数に存在するが感情の欠片も無いこの街は、その老役者を一際存在を輝かせる。その感情が背中へと伝わって来るのだ。
次はもっと速度を落としてやろうと思った矢先、一つの目線と目が合う。その刹那、人の群衆で隠れていた。
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