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「みんな行っちゃったね」 いずみさんの言葉には、少し名残惜しさが滲んでいました。 僕は、これで本当に良かったのか、 最後の確認をしようとしたんですが、 それより先に、いずみさんが口を開いたんです。 内容は、こうです。 自分は天涯孤独の身で 親兄弟は勿論、親戚も居ない。 そこまで言われて、何も言えなくなってしまった僕ですが、本当に最後の確認として、 【恋人】 の事だけ尋ねました。 いずみさんの答えは、 ほっといていい というものでした。 素っ気なくそう言ったあと、 一瞬次の言葉を躊躇したいずみさんは こう続けました。 その恋人には妻子がいて、自分はその存在をつい最近まで知らずにいたと。 そして 思い悩んだ挙げ句、 今回のような結果になった と。 数秒の沈黙が続き 「今頃は私が居なくなって清々してるんだろうなぁ」 そう言って落ち掛けた夕日を眺めてました。 夕日が眩しかったのか、泣いているのか、 定かではありませんが、薄められた彼女の目には光る物がありました。 その後 ニッコリ笑う彼女が 「私からは何も餞別無くてゴメンね」 と謝るので 「あなたからは一番大切なモノを頂きましたから」 僕は、そう言って いずみさんに別れを告げ、坂道に向かったんです。 ここを下って行けば、これから 【中井いずみ】 として生きてゆく事になるんだ。 そんな事を考えながら……。 「ざっとこんな感じです。僕が体験した出来事は」 一体、何時間話しただろう。 診療室はすっかり暗くなっていた。 ソファの向かいでメモを取っている 精神科医の日影に語りかけているのは 【中井いずみ】 であった。 いずみは、 長いストレートの黒髪をかきあげると、カバンから一冊の単行本を取り出した。 「あなたの話は分かりました。ただ……」 言葉に詰まった日影は、部屋の電気をつけ、窓のブラインドに手を掛けた。 そこから見える都会の街並みは、いつも以上に冷たく感じた。それは決して、いずみの話のせいではない そう思いたかった。 今日は、休診日である。 しかし、どうしても診て欲しいと、友人に頼まれ、目の前にいる 〈女性〉 【中井いずみ】 の話を聞いていたのだ。 いずみの話を完結に述べるとこうだ。
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