エレジーを口遊む

もう一度

　　
　彼は、息を呑んだ。今まさに目に映っているそれを、否定した。いや、目を疑ったに違いないが、意に反して、頭では理解してしまっていた。
　暫く立ち尽くしていたが、ふっと空気が緩むと、彼は崩れるようにして座り込んだ。がくがくと震えるその姿は、実に彼らしくない。彼は平生、全てを受け入れ、多くを諦めている。それが座右の銘であり、彼の生き方であった。ところがどうだ、今はそれを拒絶している。
　涙は頬をなぞるようにして落ちた。一筋、二筋……。拳が固く握られ、爪が食い込んだ手のひらから血が滲む。血は皺に溜まりながら、彼の手をじわりと染めた。がくんと項垂れて、それから彼が身動きをとったのは、随分後になってからのことである。