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「何にも捕らわれないでこの大空を飛べたら、素敵だと思いませんか?」
彼女は、遠い空に視線を移した。空は綺麗に晴れ渡っていた。全てを呑み込んでしまいそうな青だった。彼も空を見上げるが、彼女が見ているものは彼には見えない。彼女にしか、見えない。
「……飛べるかな」
彼女はぽつりと呟いた。その表情は穏やかで、微笑みさえ湛えていた。彼がその言葉の意味を解するのにかかった時間は、少し、長すぎたのかもしれない。
屋上駐車場のフェンスは、当然ながら人の身長を軽く越える高さである。ちょうど彼女の居るところの真ん中辺りに、足がかけられるほどの窪みがあった。誰かが蹴りつけたのだろう。彼女は窪みを足場にしてフェンスを乗り越えた。その姿は、まるで羽があるかのようだった。そうして、ふわりと落下していく。
彼がそれに気付いた頃には、既に彼女は地上付近にいた。まもなく、受け入れ難い現実が彼の瞳に映る。暫くして、彼はふらりと崩れた。
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