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睦月が困ったように視線を彷徨わせていると、エルは何かを察したのか――もしくは、元々出てくるだろう言葉が予測出来ていたのだろう。僅かに身を屈めて、視線の高さを合わせてきた。
「僕と、壱唯のことだろう?」
先ほどエルと喧嘩をしていたもう一人、片割れの兄弟の名が出てくると、睦月はためらいがちに頷いた。途端に、エルの赤目が柔らかく細められる。
「大丈夫。思っている程、深刻なものでも無いと思うよ」
自分の事だと言うのに、まるで他人の事を言っているかのような口ぶりで、睦月に笑いかけてきた。
「それに僕は結構、壱唯のことが嫌いじゃないからね」
「それじゃあ、何でいつも喧嘩しているの?」
エルの様子があまりに何でもないことのように見えて、一度は仕舞いかけた疑問を、睦月は思わず口に出した。次の瞬間、慌てて両手で口を押さえると、エルは笑いながら人差し指を立てて、告げた。
「知っているかい? 嫌よ嫌よも好きのうち、だよ」
――何それ?
睦月は思いっきり眉をひそめてしまったけれど、エルは笑みを浮かべたまま。ぽん、と軽く睦月の頭を撫でて、そのまま踵を返してしまった。後に残されたのは睦月だけ。
何だか上手く煙に巻かれてしまったような気分になりながらも、睦月は溜息を吐いて、また天井を見上げる。
恐らくは明日も、同じようなことが繰り広げられるのだろう。床が抜けるかもしれない、とか、他のみんなに怒られるかも、なんて事はまるで気にしないで。
エルの言葉が分かるような、分からないような。
でも、つまりは、こういうこと。
「素直じゃないなぁ」
わたしなら言ってしまうのに、と。
そんな風に考えながら、睦月は小さく笑った。
■終■
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